仕事の中で、科学(視覚)と技術(画像)の比重は、圧倒的に技術の方が高い。
一般に、技術はお金が稼げるが、科学は面白いのだが儲からない。
技術の成果は、製品売り上げや設計の生産性向上の形で、お金に換算でき目に見える。
一方、科学の方の成果は、論文や学会発表など地味、少なくとも私の会社では殆ど評価されない。
地道な学会研究活動よりは、国際標準化委員会あたりで活動した方が評価される。
論文より、特許を出す方が評価されるし、特許料の配分がもらえたりする。
という訳で、すっかり科学論文は読む側になってしまったが、印象に残っている本がブロード、ウェイド「
背信の科学者たち-論文捏造、改ざんはなぜ繰り返されるのか」
1982-3年に発行された
原著"Betrayers of the Truth"の翻訳で、2006年にブルーバックスで再版。前書き部分では、エジプトの天文学者
プトレマイオスから始まってガリレオ、メンデル、ニュートン、ダーウィンなどもそのデータや論文の正当性について槍玉に挙げられ、実際に詳細が記述される事件は20世紀の事件、厳密であるべき科学者の不正行為の実例。巻末には最近までに起きた、データの改ざん、論文の捏造や剽窃の事件が付け加えられている。時代は変われども、構造は同じ。
以下、なぜこのような事件が起きるのかを書いた部分の中で特に印象に残った部分のメモ。
---
p.31 成功するためには、研究者はできるだけ多くの(印刷された)論文を必要とし・・
p.57 20世紀の今日、装置の購入費や技術員の人件費がかさみ、科学は完全に個人的研究の枠外へと追いやられた。
p.80 発表論文名の詰まった長いリストは文献目録として政府からの研究助成金の獲得競争や昇進のために大いにその力を発揮する・・・履歴書にあげられた科学論文の量がしばしばその質よりも重要・・・
ジェームズ・D・ワトソンはハーバード大学の準教授の申請を行った。・・・履歴書にはわずか18篇の論文しか記載されていなかった。・・・今日では、準教授をめざし候補者の文献リストには50ないし100の論文が記載されている・・・
p.81 今日、医学分野だけで少なくとも8000種の雑誌がある。・・・現在生存している科学者の数は、過去から現在までの科学者の90%に相当する・・・雑誌急増の最大の理由は論文発表における本質的な変化、つまり質よりも量重視の姿勢・・・
p.83 コールは、科学の進歩に寄与しているのは、ほんの少数の科学者であると結論・・・引用文献の分析を行ったコールらは、科学論文の多くは引用文献としても一度も引用されていないことをあげ「私たちが報告したデータから、科学者の数を減らしても科学の進歩は変わらないという暫定的な結論が導かれる」と書いている。
----
論文を読む側としてはこういう事をよく認識しておく必要がある。書く側に立った時は、無駄な論文の数を増やすまいと思う、それより前に、昨年の治療開始以来、ろくな仕事してないけどね。反省。
ちょうど、これを書いている時に、毎日読ませてもらっているブログ「
患者と医者をつなぐもの」に、JAMAに掲載された以下の報告の紹介があった。
News media coverage of medication research: reporting pharmaceutical company funding and use of generic medication names.(
JAMA. 2008 Oct 1;300(13):1544-50)
患者や時には医師にも重要な医学研究の情報源であるニュースメディアが、どの程度(きちんと)
・研究の資金調達先
・薬の一般名称(製品名ではなく)
を書いているかを調査した結果、書いていない記事が相当あることを報告している。
メディアの編集は上記の二つをきちんと書く必要があるとわかっているが、実際には、
・資金調達先を書いていない:130 /306 (42%;)
・薬の製品名を書き、一般名称を書いていない:186/277(67%)
こういった記事は、中立性が疑われても仕方がない。眉に唾つけて、だまされないようにしよう。
医学論文について、素人の私は、学術雑誌から送られてくる、論文の抄録のリストから論文を読むこともあるが、新聞、雑誌、ネット上の医療関連のニュース、ブログから情報を得ることの方が多い。
きちんとした記事は、参照された論文や発表がたどれるので、原文を検索し、わからなくても一応読んでみる。そうすると、上記の論文にあるような、資金供与先や論文自体のレベルや、更にそこに引用された参考文献を読むことで、おぼろげながら、いろいろな事が見えてくる。
私のような素人が、医学論文や記事を読んだって別に研究には何の寄与もしないけれども、いいじゃない患者なんだし。と弁解しつつ、興味津々で文献を読む。とても楽しい。
スポンサーサイト
theme : 科学・医療・心理
genre : 学問・文化・芸術