この所ずっと忙しく、先週半ば口内炎で舌に水泡のようなものができて痛かったが、この3連休よく眠りよく食べたら、全快。良かった。
では、先月の読書メモから。
平山 令明 『
分子レベルで見た薬の働き 第2版』
(講談社ブルーバックス、2009年3月、1092円)
第1版(1997年)に最近10年の遺伝子解析の結果など成果を加筆したもの。私は化学式がわりと苦手だが、読み進むと化学結合、化学式、分子の立体構造が図入りでわかりやすく説明されていて、化学の復習をしながら薬の働きについて分子レベルで学べた。構成がとてもよくできていて、文章もわかりやすい。大学などで参考書として使われ定評があるのがうなづける。新書サイズで持ち歩きに便利。(これで充実した参考文献目録があれば言うこと無し。)
以下に興味のある薬、主に抗がん剤についてメモ。字だけではわかりにくいので、蛋白質構造データバンクなどの立体分子構造の図をリンクしたが、タンパク質の立体構造の化学式についても、この本を最初から読むとよくわかる。
----------
p.46
薬と生体分子の間に働く力 引き合う強さの目安[単位 キロジュール/モル, KJ/mol]:
共有結合350[KJ/mol]、
疎水結合10[KJ/mol]、
静電相互作用4[KJ/mol]、
水素結合3[KJ/mol]、
ファン・デル・ワールス結合1[KJ/mol]。
p.106
シスプラチン Cisplatin cis-[PtCl2(NH3)2]
1960年代、白金Pt電極付近での大腸菌の増殖抑制発見、プラチナ化合物のシスプラチンが抗がん剤になる。(意外!)
シスプラチンはDNAの構造を歪ませ、グアニン(DNAの塩基)などに強く結合することで、DNAの二重鎖がほどける過程を妨害。仮にほどけても一本鎖に結合しDNAポリメラーゼの働きを妨げる。
(→シスプラチンとDNAの結合の詳細は
PDB ID 1AIO (1)または
(2)参照)
DNAの二重鎖に結合したシスプラチン(白い球) PDB ID 1AIO
(1) p.110
アンスラサイクリン Anthracycline 系:アドリアマイシン ダウノルビシン:1963年
Daunorubicin が
放線菌から発見された抗生物質。類似した医薬品にアドリアマイシン。
ダウノルビシンはDNAに働いて、DNA合成およびRNA合成を妨げる。B型DNAに結合したダウノルビシンの結晶をX線解析した結果、DNAの副溝からDNAに入り、主溝に貫通。ダウノルビシンのアンスラサイクリン部には芳香環を含む4個の環があり(→
構造 (3) )、そののB、C環は、DNA中の隣接したG(グアニン)-C(シトシン)塩基にすっぽり入り、A環とアミノ糖はDNAの外に出ている。アミノ糖のアミノ基は副溝側にあるDNAのリン酸の酵素原子と水素結合。D環はDNAを貫通し主溝に貫通。
この構造からDNAに結合したダウノルビシンは、DNAの合成や転写に関わるタンパク質がDNAに接触するのを妨げる。
(→ダウノルビシンとDNAの結合の詳細は
PDB ID 110D (1)参照)
DNAに結合したアンスラサイクリン(白い球) PDB ID 110D
(1)p.120
パクリタキセル (
タキソール)
Paclitaxel この節のタイトルはに乳がん患者ならわかる誤植、『3-3-3細胞分裂を阻害する
タモキシフェン』はタキソールの明らかな間違い。(タモキシフェンはこの本には一度も出てこない)
タキソールは微小管に作用。微小管を安定させ、紡錘体の正常な機能が失われ、細胞分裂が阻害される。微小管にはチューブリンtubulinα、βの2つのサブユニットがあり、細胞分裂の時に伸びたり縮んだりして構造を変化させる必要があるが、タキソールがチューブリンのβサブユニットの空隙に結合し空隙をふさぐと細胞分裂がスムーズに進まなくなる。
(→タキソールと微小管の結合の詳細は
PDB ID 1JFF (1)参照 )
チューブリンα(右)と、β(左)に結合したタキソール(球) PDB ID 1JFF
(1) 1955年、米国国立がん研究所(
National Cancer Institute : NCI)が国立がん化学療法サービスセンター(
Cancer Chemotherapy National Service Center : CCNSC)を立ち上げ。CCNSCは種々の化合物の抗腫瘍活性を測定する公共の探索センターで、製薬会社を含む外部機関でも化合物を持ち込むことができる。世界中の抗腫瘍活性物質を絨毯爆撃で探るというアメリカらしい計画。(すごい!)
1960年に植物から取れる化合物の探索があり、1962年キャラボク (Taxus brevifolia)の樹皮採取、1966年、純粋なタキソールが取り出されたが、キャラボク絶滅の問題で一時中断、再開。抗がん剤としての効果が認められたが資金の問題で
ブリストルマイヤーズスクイブ Bristol-Myers Squibb (BMS)社に権利譲渡され、1990年タキソールを発表。一般名だったタキソールTaxolを商品名にしてしまったため、一般名がパクリタキセルとなった。
1993年までキャラボクの樹皮が原料、1992年フロリダ州立大のホルトンが半合成法、次いで全合成法(→
Wikipedia ホルトンの全合成)に成功し、特許対価として2億ドル以上が大学とホルトンに支払われた。現在はキャラボクの細胞を発酵槽で培養し、その培養細胞からタキソールを抽出する方法(植物細胞培養法)で、安価でクリーンに作られている。(→
Wikipedia タキソール全合成も参照)
p.133
トラスツズマブ Trastuzumab (ハーセプチン)
ジェネンテック Genentech 社の研究者などが、ヒト由来のHER2 (
上皮成長因子受容体2)をマウスの体に入れ、その免疫を利用しHER2抗体を作成。マウスで作った抗体は、ヒトの免疫系によって異物と判断されるので、HER2に結合する部分はマウスが作ったものを残すが、他の部分はヒトの抗体に替えたキメラ抗体がトラスツズマブ(商品名ハーセプチン) となる。
(→抗体・抗体薬やキメラ抗体などについて
(4)、開発の詳細は
(5)の要約・全文pdfの文献参照)
HER2の中で問題となる機能を有する部分(細胞膜の外側に出ている)にハーセプチンは結合、ハーセプチンの
CDR部分がHER2の先端部分を隙間無く埋める。ハーセプチンの
Fab構造の大部分が
βストランドで構築されており、Fabの上端のループはHER2の末端のアミノ酸基を取り囲む。
(→ハーセプチンとHER2の結合の詳細は
PDB ID 1N8Z (1)参照)
ハーセプチンのFab(上)とHER2(下)の結合 PDB ID 1N8Z
(1)ハーセプチン構造式:(以下
薬品添付文書より)
アミノ酸が214個軽鎖2分子とア449個重鎖2分子の糖たん白質
分子式:
軽鎖(C1032H1603N277O335S6)
重鎖(C2192H3387N583O671S16)
分子量:148,000
p.245
G-CSF製剤
好中球は感染が起きると、その部分に駆けつけて殺菌や貪食作用。G-CSF (
顆粒球コロニー刺激因子 Granulocyte-Colony Stimulating Factor)がある受容体に結合すると好中球の分化が促進される。G-CSFは好中球になる直前の細胞の表面にある受容体タンパク質に結合。受容体全体は細胞の外からその細胞膜を抜けて細胞内にわたる大きな分子で、G-CSFが結合する部分は細胞外にある部分。G-CSFは下図のような4本のαヘリックス(らせんリボンで表現)、受容体の大部分はβシート(平らなリボンで表現)。(→G-CSFとG-CSF受容体の結合の詳細は
PDB ID 1RHG、
PDB ID 2D9Q(1)参照)
G-CSF(左上)とG-CSF受容体(右下)の結合 PDB ID 2D9Q
(1) G-CSF構造式:(以下
薬品添付文書より)
175個のアミノ酸残基から成る蛋白質
分子式:C846H1336N226O245S8、分子量18849.82
G-CSFは体内では非常に微量にしか作られないため、遺伝子組み換えでの生産が検討された。分子量が大きいため、うまくできるかどうか懸念があったが、天然のものと同じ好中球の分化、増殖作用があることが確かめられた。協和発酵(現在は協和発酵キリン)で、人工的にアミノ酸を作り変え、血液中での持続時間を向上させた改良型G-CSF(
ナルトグラスチムNartograstim、商品名ノイアップ)が1994年に発売。
G-CSFはタンパク質のため、胃で分解されるため飲み薬にできない。タンパク質でないG-CSFと同じ働きのある分子はまだ発見されていない。
----------
これでメモはおしまい。面白い本なのでまた読み返そう。
この本から始まって、最近ブルーバックスに、はまっている。
しかし、本を読んだりメモを書いたりしていると、早く寝られない、反省。
明日から早寝。(って毎晩反省している)
それにしても
バイオインフォマティクスのおかげで、最新の研究成果と共に、生体分子やリガンド Ligand (受容体などに特異的に結合する物質
)の薬品の詳細が、家からネットで簡単に検索して見られるなんて、30年前の学生時代はもとより、ほんの10年前でさえ思いつきもしなかった。もちろん先端分野の研究を推進するために作られているシステムだとは思うが、私のような一患者が自分の使った薬の働きを3次元の分子構造で見られるなんて、すごいことだと思う。
~~~~~~~~~~
-参考文献サイト-(1)
日本蛋白質構造データバンク 日本蛋白質構造データバンク(PDBj: Protein Data Bank Japan)は米国の
Research Collaboratory for Structural Bioinformatics (RCSB)および欧州の
Protein Data Bank Europe (PDBe)と協力した、生体高分子立体構造データベースを運営。立体構造の画像は見やすいように回転したり、色づけしたりできるのでお試しを。このデータベースの使い方や見方なども講習会スライドの形で公開されている。(→
過去の講習会)。出典を書けば画像引用可との事。
(2)
佐藤健太郎オフィシャルサイト >
有機化学美術館 >
シスプラチン、
タンパク質の話(5)-タンパク質の折り畳み 佐藤健太郎 『
有機化学美術館へようこそ』 (技術評論社 、2007年)
(3)
福井大学 生物応用化学科 >
生物有機化学研究室 >
彙慧精講(8)アンスラサイクリノンの骨格合成(4)
文部科学省科学技術研究所 >
科学技術動向 >
2009年10月 >
>抗体医薬の現状と課題(5)仁平新一 "ヒト化抗HER2 モノクローナル抗体ハーセプチンの創薬の経験" (日薬理誌122,pp.504-14, 2003)
要約、
全文pdf G-CSF関連記事
・
G-CSF製剤とdose-dense化学療法 ~~~~~~~~~~
(追記)この記事は初め二つに分けて書いたが見づらいので一つにまとめた。
theme : 医療・病気・治療
genre : 心と身体
tag : 乳がん抗がん剤シスプラチンアンスラサイクリンアドリアマイシンパクリタキセルタキソール化学式分子タンパク質